感想

ライブレポ等

歌詞の好きなところをひたすら書く:都忘れ/GLAY

初めての投稿ですが、前置きは割愛して書きたいことだけ書いていきます。


自粛を続けていく上で、必要となるのは拠り所。

オンライン飲み会だったり、ゲームだったり、手の込んだ料理だったり、周りから様々な話を聞きます。

私はもともと引きこもりが好きな上に、仕事が通常営業なため日常に変化はないのですが、楽しみにしていたイベントの相次ぐ自粛に、刺激欲しさで、我慢していたDVDを購入したりamazon fire stickを購入して映画ドラマ三昧をしています。


そして、なるべく『思ったことは言う』を心がけるようになりました。

短絡的な喧嘩を推奨しているわけではなく、

改めて、『永遠なんてない』という言葉が千本のナイフと化して胸にグサグサと刺さっているからです。

上記はタクローさんが2000年代によく語っていた言葉ですね。『胸懐』は一章まるまるその話だったような。

伝えたい相手は明日にはいないかもしれない。

特に好意は、法テラスにお世話にならない範囲で伝えていきたいと、切実にも思わざるおえない状況です。コロナ禍です。


解散をしない、約束を破らないバンドに会えない異常事態。


いまだから感じているかもしれない気持ちを書いていこうと思います。


そんなわけで、『都忘れ』です。名曲です。

GLAYファンが見たら、今更すぎる名曲です。2パターンあるツアーのセトリのバラードゾーンに数年に1回組まれて、イントロでファンが悲鳴を必死に抑えるアレです。サビで空を掻くてるさんの手の動きが美しいけど、たまに『宣誓!』みたいになっちゃってる時もある、武道館で披露される率が高い気がするあの曲です。


歌詞はここから

https://www.uta-net.com/song/13189/


わたしも勿論大好きな曲なのですが、20年間聞いてきたのに、いまいち歌詞に踏み込んで考えたことがなかったのです。

テルさんの優しい声、透き通ったキーボード、甘く、時にひっかくギターの音色、胸の底から感傷を駆り立てるベース、温かくて適度なドラム、加えてテルさんの手の動きに、タクローさんのコーラス。

観聴きすることが多い味わい深い曲なんです。


あと、どちらかと言えば、後半の歌詞に重きをおいて聴いていました。


『時代が僕等の背中を押した事さえも

 シナリオの一部だと笑った』

『階段を昇る時も降りるその日が来たとしても 変わらない優しさを胸に秘めて胸に秘めて この足で歩けたなら』


GLAYの90年代を知っているファンで、ここが胸に刺さらないファンがいるでしょうか。

反語です。

『階段を昇る』が、登るではなく『昇る』である点も、神輿のごとくスターダムに迫り上げられていく彼等の姿が浮かびます。

降りる時は自分の足で降りる、奈落の底には落ちない、そのためにも『優しさを胸に秘めて』、そんな風にも深読みしてしまいます。

ここ、昔はマイクに縋り付くように歌っていたテルさんが、近年、昔との差異とメンバーの絆を披露するかのようにTERUポーズを決めていたのが印象的でした。


この2番AメロからBメロの強さ、そして『都忘れ』というタイトルから、

わたしはこの曲をラブソングよりも、GLAYというバンド自体の曲という比重で捉えていたのです。願い事、とか、消えゆく魔法とか、降り注ぐ雪、というワードが持つ可愛らしさに、それ以上の関心を持たずにいました。

しかし今回、登場人物2人の関係性にフォーカスしてみると、 20年間何を聴いてたのだろう、私はピーでピーでピーだな、と差別用語で自分を責めたくなるくらいに衝撃を受けました。


『もう二人はお互いの過去に戻れない』


いきなりパワーワードきました、恋の始まりにはあまりにも重い一言。


『春に芽生えた恋心 計画を練る夏の午後』

と、恋への向き合い方が若く可愛げさえ感じる青年に対して、あまりに痛烈ではないか?もしくは、何かしらの状況に酔っているのか、と感じてしまう『君』の言葉です。


『終わらない秋を過ぎ 手ぶらだった2人にはゆずれない愛がある』んでしょう、やっと手に入れた恋人から、なぜそんな一言を浴びさせられるのか。

前向きな『世界の果てまで行ける!』ではなく、どこか逃避行みを感じる『世界の果てまで行けるかな?』。


ここを解釈するにおいて、ひとつ定義が生まれます。

ふたりは本当に手ぶらだったのでしょうか。


青年は手ぶらだったのかもしれません。しかし『君』の手には、夏まで誰かの手が重なっていたのではないでしょうか。


だからこそ、『世界の果てまで』行きたいような気分になるし、『不意に傷つけた人達を思った』んでしょう。


メンバーから、『歌詞を読めば、いまどんな恋愛をしてるか判る』と評されていたタクローさん。

著書やインタビューの中で、初期の歌はある女性についての歌詞がほとんどだそうです。

最初は知り合いの彼女で、ずっと好きで、

たまたまフリーな時に付き合うことができた、と書かれていました。


なるほど。


その条件を加味した上でサビに入ると、健気すぎて布団の上をゴロンゴロン転がりたくなります。


『誰にも見せない願い事を今夜解き放とう

いつかは消えゆく魔法でもいいよ

共に今を生きてる』


手に入れた後の方が辛いこともあるとは言え…そんなに不安にならないで、大丈夫、わかんないけど、きっと大丈夫だよ、そんなふうに無責任に励ましたくなります。


そして、そのまま、2番サビを見ると。


『夢中で伸ばした指の先に触れるものは何?

どこまでも澄んだ君の瞳

降り注ぐ雪が舞う』


私はずっと、指を伸ばしているのはGLAYさんだと思っていました。

無我夢中に実体の知れない夢、成功、あるいは何かしらの光を掴もうとしているバンドの姿だと。おそらくテルさんの手の動きを追い過ぎていたんです。


指を伸ばしているのが『君』だとしたら、その向こうにあるのは虚空だと思います。

近くにいるのに、こちらには伺いしれてくれない何かに対してです。


そして、もし前述の『彼女』に対しての歌詞だとしたら、ここに出てくる『雪』は妄想か比喩だと考えられます。

なんでしょう、チラチラしてるもの。

ここは受け取り手が考えていいところな気がするので、自分なりの解釈は差し控えます。


実際の雪を窓越しに、映像で、とも考えられますが、なんか違うのですよね。

(彼女と函館の雪を見ることは叶わない、だけど見せたい、という思いがwinter,againだそうなので)


歌詞は英詩で締め括られます。


『I CANT FEEL LOVE WITHOUT YOU』


字面をまじまじ見つめると照れるほどの熱さ。当時シングルにしたかったのは楽曲の完成度の高さはもとより、ラブレターであり決意表明だったのかな、と思えてしまいます。


若き日のタクローさんの名歌詞、GLAYの名曲だなあと改めて思うとともに、


早くライブに行きたい・聴きたい


そんな気持ちでいっぱいです。

※文体、おそらく後で推敲します



タクローさんのライフワークシリーズのひとつ、BELOVEDanthologyで都忘れを聴こう!

デモ音源、DVDもついた3枚組だよ。

https://gdirect.jp/store/products/detail.php?product_id=999